東京高等裁判所 昭和34年(ラ)309号 決定 1959年9月28日
抗告人 昭和圧延工業株式会社
相手方 落合寅之助
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
抗告理由は別紙抗告理由書及び抗告理由補充書(第一)記載のとおりである。
よつて、抗告理由について、以下順次判断する。
一、まず抗告人は、競売法第三二条第二項、民事訴訟法第六八七条第三項による不動産引渡命令は、競売事件における債務者に対してのみ発し得るものである。仮りに、債務者の承継人に対し引渡命令を発し得るとしても、それは競落人が競落不動産の所有権取得登記をなした以後の不動産占有者に限ると解すべきである。しかるに、本件引渡命令は、本件競売事件の債務者以外の第三者たる抗告人に対し発せられたものであり、しかも競落人たる相手方が競落した本件建物(機械等を含む。)の所有権取得登記を経由したのは昭和三四年二月一三日であるのに、抗告人はそれ以前の昭和二九年三月三日からこれを占有している。従つて、いずれの点よりするも、本件引渡命令は違法であると主張する。
本件記録によると、債権者不二越鋼材工業株式会社(その後相手方落合寅之助がこれを承継した。)は債務者東洋特殊製鋼株式会社(競売申立当時は東洋金属興業株式会社なる名称であつたが、数次の商号変更により右のように変更した。)に対して有する債権の弁済を受けるため、原裁判所に債務者所有の本件建物に対する抵当権の実行として競売の申立をなし、原裁判所は昭和二六年八月一七日これが競売手続開始決定をなし、同月二一日右決定は債務者に送達され、同月二五日競売申立の登記がなされたこと、相手方は右競売期日において本件建物を競落し、昭和三二年八月二四日競落許可決定を受け、昭和三四年一月九日競落代金を支払つたこと、しかるところ本件競売手続進行中、債務者は本件建物から任意退去し、抗告人において債務者からこれを賃借使用していることが判明したので、原裁判所は相手方の申立により昭和三四年二月二一日本件建物に対する債務者の承継人たる抗告人の占有を解いて相手方に引き渡すべき旨の本件引渡命令を発したことが認められる。
しかし、債務者所有の不動産に対し抵当権実行による競売申立の登記がなされて、差押の効力が発生した後に、債務者からその目的物を賃借し占有を承継取得した者は、その権限の取得をもつて競落人に対抗できない筋合であるから、かゝる者に対しては直接引渡命令を発し得るものと解するを相当とする。競落人の競落不動産の所有権取得登記の時期が占有承継人の占有取得の時期以後に属するからといつて、右は引渡命令に何らの影響を及ぼすべきものではない。けだし競売法第三二条第二項の準用する民事訴訟法第六八七条第三項には「債務者」とあるけれども、右は競落人に対し不動産の引渡しをなすべき義務者の通常の場合について立言したもので、前記のような債務者の占有承継人まで除外する趣旨に解すべきではなく、従つて債務者に対する引渡命令の発布前にその占有を承継取得した者に対しては、債務者に対する引渡命令につき承継執行文付与の方法によることなく、直接に引渡命令を発し得るものと解するを妥当とする。そうすると、抗告人において本件建物を債務者から賃借占有するに至つたと主張する昭和二九年三月三日以前の昭和二六年八月二五日に、本件建物に対する競売申立の登記がなされていることは前段認定により明らかであるから、原裁判所が抗告人に対し本件建物に対する引渡命令を発布したのは正当で、抗告人のこの点に関する主張は採用できない。
二、次に抗告人は、本件引渡命令はその前提をなす競落代金の払込が完全になされていないから違法であると主張する。
しかし、本件記録によると、抗告人は原裁判所に対し本件引渡命令につき昭和三四年二月二三日執行方法に関する異議の申立(浦和地方裁判所昭和三四年(チ)第二八号)をなした際、競落人落合寅之助が本件競落代金全額を支払つていないことをも理由として本件引渡命令は違法である旨既に主張しており、右理由は前記抗告理由と全く同一であるところ、原裁判所は昭和三四年三月三一日右理由についても判断した上右異議申立を却下し、右決定は同年四月二日抗告人に送達せられたので、抗告人は翌三日当裁判所に即時抗告の申立(東京高等裁判所昭和三四年(ラ)第二二八号)をなしたが、同月一一日右抗告取下により、原決定は確定したことが認められる。しかして、別個の理由に基く場合は同一の執行処分に対し再び執行方法に関する異議の申立をなし得ることはいうまでもないが、同一の執行処分に対し同一の理由に基き先に異議の申立をなし、その審理を尽くしておきながら、同じ理由により再度異議を申立て或は抗告をなすことは許されないものと解するのを相当とする。従つて、抗告人の前記主張はこの点において既に理由がない。
しかも本件記録によると、競落人たる相手方落合寅之助は昭和三二年八月二二日午前一〇時の競売期日において本件建物を最高価金一五、八一六、一〇〇円にて競落し、原裁判所から同年八月二四日競落許可決定を受け、昭和三三年八月一九日に同月二八日午前一〇時までに相殺残代金六、五七九、四〇三円を支払うべき旨の命令を受けたのであるが、これに先立ち相手方は執行吏小貫宝作において昭和三三年七月二一日本件建物を点検したところ、機械器具中滅失又は毀損したものがあることが判明したことを知つたので、原裁判所に対し同年八月二七日競落物件中不足のものがある旨の書面を提出し、ついで同年九月一五日に競落代金減額の請求をなし、債務者においても同年一〇月一〇日右代金減額を承認する旨の書面を提出したこと、そこで原裁判所はその後の右執行吏の二回にわたる競落物件点検の結果と、又同執行吏及び債務者会社代表取締役石原三郎、抗告人会社取締役大島秀一、抗告人会社工場長飯田真康を審尋した上、競落物件中滅失毀損の判明したものにつき右執行吏に評価鑑定を命じ、同人の鑑定並びに債務者の減額承認額を斟酌し、同月二五日競落代金中金四、二五九、七〇〇円を減額する旨の決定をなし、競落人は右決定に基いて昭和三四年一月九日競落代金残全額を支払つたことが認められ、原裁判所の叙上行為に何ら違法の点も見出し得ない。よつて、抗告人の前記主張は排斥を免れない。
三、更に抗告人は、本件建物及びその敷地については、第三者山田新兵衛外四名を債権者とし、抗告人及び債務者東洋特殊製鋼株式会社を債務者とする浦和地方裁判所昭和三三年(ヨ)第一三五号不動産仮処分申請事件において、同裁判所は昭和三三年八月二六日に、右抗告人らの右不動産に対する占有を解いて執行吏の保管に移す、執行吏は現状不変更を条件として抗告人にその使用を許す、抗告人らは右不動産の占有を他に移転し又は占有名儀を変更してはならない、との旨の仮処分決定をなし、右決定は翌二七日執行されており、又本件建物の敷地以外の工場の全土地については、抗告人を債権者とし相手方を債務者とする東京地方裁判所昭和三四年(ヨ)第二六九号不動産仮処分申請事件について、同裁判所は昭和三四年五月八日に、相手方は抗告人の右土地の占有を妨害してはならない、という仮処分決定及び執行をなしているから、原裁判所執行吏小貫宝作が相手方より本件引渡命令執行の委任を受けて昭和三四年四月二日なしたその一部執行は違法である旨主張する。
本件記録によると、抗告人主張通りの各仮処分決定の執行がなされ、又本件引渡命令の一部執行がなされていることが認められる。しかし、仮処分の目的物につき処分禁止の執行がなされているのに、他の債権者がこの目的物につき右仮処分に反する執行をなしてきた場合には、仮処分権利者はこれに対し執行方法による異議を主張し得べきは勿論であるが、仮処分債務者はこれに対し異議の申立をなし得ないものというべきである。蓋し、処分禁止の仮処分は特定の債権者を保護するためのもので、その仮処分に反する執行は仮処分権利者に対する関係においてはこれに対抗し得ないものというべく、従つて仮処分権利者がこれに対し執行方法に関する異議を申立て得るは権利擁護上いうまでもないところであるが、仮処分の効力は右範囲にとゞまり、仮処分債務者は仮処分により義務こそ負担すれ、何ら権利を取得するものではないのであつて、このことはたとえ右仮処分において、その目的物が執行吏の保管に移され仮処分債務者が執行吏からその占有を許されている場合でも同一であり、従つて仮処分債務者はかゝる理由をもつて執行を拒むことを得ないものというべきである。又執行の対象たる建物の敷地以外の土地につきその占有妨害禁止の仮処分がなされているからといつて、これをもつて右建物の執行を妨げる事由となし得ないことはいうまでもない。そうすると、抗告人が浦和地方裁判所の仮処分決定において単に仮処分債務者の地位にとゞまること、又東京地方裁判所の仮処分決定の目的物が本件建物の敷地以外の土地であることは、その主張自体に照らし明白である以上、抗告人の前記主張は既にこの点において理由なく、これを採用し得ない。
四、抗告人は終りに、抗告人は本件競売手続中本件建物の敷地につきその所有者たる山田新兵衛外四名と賃貸借契約を締結し賃借権を取得しているに反し、相手方は右土地の占有権限がないから、たとえ相手方が本件引渡命令により本件建物の引渡を受けても、抗告人に対し右建物を収去しその敷地を明け渡すべき義務があるから、本件引渡命令の前記一部執行は違法であると主張する。
しかし、引渡命令の執行に対する異議申立事由は、執行そのものに対する形式上、手続上のかしのみを主張し得べく、前記のごとき実体上の事由はこれを主張し得ないものと解すべきである。従つて、抗告人の右主張は既にこの点において理由なく採用できない。
五、以上、抗告人の主張はいずれも理由がなく、その他記録を精査しても、本件執行方法に関する異議申立を排斥した原決定取消の事由となるべき違法の点は認められないから、抗告人の本件抗告を棄却すべきものとし、抗告費用の負担については民事訴訟法第四一四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 二宮節二郎 奥野利一 大沢博)
抗告理由書
第一、原決定は法令の解釈適用に違法がある。
原決定は、執行法全般についての認識を欠いてなされた違法があると主張する充分な根拠がある。それは、原決定の主文に最も端的に表現せられている。右決定には「本件異議申立を却下する。昭和三四年(モ)第一六〇号強制執行停止決定はこれを取消す。前項に限り仮りに執行することができる。」とある。決定は、それ自身直ちに執行力あることは法の明定するところである。(民訴法第五五九条)従つて、仮執行の宣言は不要である。次に、執行停止決定は原決定が為されると同時にその効力が消滅することも法の明にしているところである。(民訴法第五二二条第二項)かようなことを決定主文において宣言する必要は全然ない。又かようなことを宣言する規定は全然ない。
以上は、原決定の形式的な誤りを指摘したものであるが、かような執行法についての見解はその決定理由のうちにも種々発見できる。異議理由については後に詳述するので、今はその一端のみを指摘する。原決定は本件引渡命令は本件建物及機械等についてのみであり、その敷地である土地については之が及ばないと説示し乍ら、本件土地は実体上抗告人が占有しているのであるから右地上の建物を相手方に引渡すことは現実に可能であると言うのである。
抗告人は此点について、原審では右土地が執行吏の占有保管にあり、その上での抗告人の使用許容が行われているのであるから、執行吏保管の存する限り之を相手方に引渡すことは現実には不可能であると主張しているのであるが、此点には触れることなく原決定は抗告人の右土地に対する現実の占有が抗告人にあるのだから右土地をその地上の建物とともに相手方へ引渡すことは現実に可能であると言うのである。この決定理由に表示の「現実」と、抗告人の言う「現実」とは根本的に異なつている。原決定の言う「現実」は執行法の問題を離れた表現である。
抗告人の言う現実に不可能とは、本件執行が執行法上不可能な事を意味する。原決定は、単に抗告人が任意に本件土地の占有を相手方に引渡すことができるというにしかすぎない。問題は何故に、本件地上の建物に対する引渡命令の効力がその敷地に及ぶかである。此点については原決定は単に「およそ土地について債務者の占有を解いて執行吏の保管に移す旨の仮処分の執行がなされたからといつて、そのことは地上建物の債務者の占有を他に移転することの妨げとなるものでない」と言うのみである。問題は然し乍ら、実にここから出発するのである。
抑々本件は右建物及その敷地に対して、執行吏保管がなされているのである。抗告人の原審の主張は仮りに建物の執行吏保管が競落人に対抗できないとしても(実際は対抗できる事後述の通りであるが)、土地に対するそれは少くとも対抗できる、然らば、右敷地の引渡が、右敷地について執行吏保管にあるため相手方へ引渡すことができない以上、右敷地上の建物を単独に(敷地と引離して)相手方へ引渡すことは現実には不可能であるというのが抗告人の異議理由である。抗告人が言う理論上右建物の引渡しができるであろうと言つたのは、建物そのものの引渡命令がでているのであるから執行の段階において執行吏がその命令そのものによつて執行をする事は一応執行の立前として可能であろうと言うにしかすぎない。その執行を妨げる別の要件が存するからそれが現実に執行できないと言うのである。
原決定は執行吏保管中の物件と雖も之を他へ移転しうるということになる。建物の占有を他へ移転することは即ちその敷地の占有も他に移転することだからである。抗告人は、本件引渡命令中債務者の占有を執行吏が解くことまでは理論上可能であろう、然し乍ら、それ以上に、本件建物を相手方へ引渡すことは、その敷地の占有の引渡をもすることになるから、その敷地の占有保管が執行吏にある以上、現実にその敷地上の建物を相手方へ引渡すことはできないと言うのである。従つて、執行吏保管中の物件が如何なる根拠によつて他へ移転しうるかの理論的根拠なくしては右原決定は何等の根拠なき主張である。単に債務者の占有を他へ移転しうるというのみでは、執行吏の占有保管の問題は解決せられない。抗告人は、債務者の占有をのみ問題としていない。本件建物及土地に対する抗告人の占有は執行吏の保管を前提として行われているのであるから単なる占有とは異るが、抗告人は此点については主として執行吏の保管を問題としているのである。そうして、もし、原決定が執行吏保管の本質を今少し深く考慮したならば、しかく簡単に執行吏保管中の物件を他へ移転することができるという結論になるような判断は為されなかつたであろうと思われる。審理の速いことは歓迎すべきことであるが、そのために審理の杜撰であることは困る。
第二、本件異議申立理由。
原審における異議申立理由及第一陳述書に一応その理由を示しているのであるが、詳細は本件記録が貴庁に到達するのをまつて提出する予定である。只一点茲に附加して置くことは、本件建物に対しても、仮処分の執行が行われ、執行吏の占有保管中であることである。競売開始決定後その競売物件についてなされた占有移転禁止及執行吏保管中の仮処分の執行はその取消しが行われない限り依然として存していることである。一体、競売開始決定後の仮処分は全然競落人に対抗できないのであろうか。
もともと、仮処分の効力は相対的である。それであるから、始めから対抗力の問題は発生しないのではないか。只、仮処分命令の執行の結果としてある種の対抗力又は排除力が発生しうるにしかすぎない。本件仮処分は処分禁止と占有移転禁止及執行吏保管とが、本件建物及敷地の両者に対して為されているのである。
処分禁止の仮処分をする場合は大別して二ある。
本件の如く、本件土地の明渡執行のため、その地上の建物の処分禁止をする場合がその一であり、その二は建物そのものが仮処分債権者に存する場合の執行保全の方法である。右何れの場合でも、競落人とそうでない建物の所有権取得者との間には何等異るところはない。競落人と雖も債務者以外の所有物件を取得するいわれはない。又競落人と雖も無権限で競落建物の敷地を使用することはできない。然らば執行保全の方法としての処分禁止の仮処分の効力が競落人に対する関係に於てのみ消滅することはあり得ない。本件競売手続に於ける債務者即ち本件建物所有者の右建物の敷地に対する賃借権は右建物の所有権が競落人に移転する以前に既に消滅しているのである。(疎明方法は抗告理由補充書、後出に添付)又占有移転禁止、執行吏保管(本件建物に対する)についても処分禁止についての前記理由によつて依然効力がある。殊にその執行の取消されぬかぎり之を否定することはできない。本件仮処分の執行は現在依然として存しているのである。従つて本件引渡命令(建物に対する)によつては、右建物を第三者たる相手方へ引渡すことはできない。精々申立人の本件建物の占有を解いて執行吏が保管しうる程度の執行しかできない。之れは右引渡命令の完全な執行ではない。右引渡命令は結局本件建物を相手方へ引渡せと言うのであるから、それができない以上完全な引渡命令の執行は不可能である。
以上
抗告理由補充書(第一)
一、本件異議理由の概括。
(一) 本件引渡命令は本件競売事件の債務者(競売物件の所有者)東洋特殊製鋼株式会社以外の第三者である抗告人に対するものであるから違法である。(又本件引渡命令の前提をなす競売代金の払込が完全に行われていないから右引渡命令は違法である。此点についてのみは第二抗告理由補充書で陳述の予定)
(二) 本件建物の敷地及右敷地以外の土地を占有すべき権限は相手方には全然ない。抗告人は之を現実に占有し且つ右は賃借権にもとずく適法の占有者である。
(三) 本件建物及その敷地並に敷地以外の土地に対しては仮処分命令が行われその執行がなされている。即ち
(イ) 本件建物及その敷地は執行吏保管がなされている。
(ロ) 右敷地以外の土地については、抗告人の占有を妨害してはならないとの仮処分が相手方に対して為されている。
従つて、本件引渡命令の執行によつては右建物を相手方へ引渡すことはできない。
(四) 原審では、抗告人は本件建物の執行吏保管の点を強調しなかつたが、当審ではその点について後述の通りその執行の厳存していることを強調する。
二、引渡命令の違法。
(一) 本件引渡命令の内容は、本件競売事件における債務者にして且つ競売物件(建物)の所有者東洋特殊製鋼株式会社の承継人としての本件抗告人の右建物に対する占有を解いて之を競落人である相手方へ引渡せと言うのである。
(二) 本件建物に対する抗告人の占有開始は昭和二十九年三月三日からであり、今日に至つている。(疎第九号証本書添付)競落人たる相手方が本件建物の所有権取得の登記をしたのは昭和三十四年二月十三日である。(疎第十二号証本書添付)従つて、本件建物に対する引渡命令の発しうる時期は昭和三十四年二月十三日以降である。右競売事件の債務者東洋特殊製鋼の承継人に対する引渡命令が仮りに発しうるものとしても、それは昭和三十四年二月十三日以降本件建物を占有したものに限る。即ち右競売事件の債務者(物件所有者)に対する引渡命令を発し、又は発しうる時期以降の右物件の承継人に限るべきである。(昭和十五年七月十七日法曹会決議)従つて、本件引渡命令が右競売事件の債務者の承継人としての抗告人に対し為されたのは違法である。
(三) 引渡命令は競売事件の債務者(物件所有者)又はその一般承継人に対してのみなさるべく、それ以外の第三者に対しては競落人の右物件に対する所有権に基き本訴をもつて明渡請求をなすべきことは判例学説の略一定しているところである。(大判昭和一二・四・二三・法学六巻九号貴庁昭和三一年(ラ)第七九二号昭和三二・二・七決定東京高裁判決時報八巻二号三四頁、同庁昭和三二年(ラ)第五六二号昭和三三・二・一九決定)右貴庁の決定理由にもあるように、民訴法第六八七条は強制執行の例外規定をなすものであつて、之を拡張して債務者以外の第三者に対しても引渡命令を発することは違法である。本来債務名義を以てのみはじめて私権のはく奪が可能であるとの強制執行法の大原則に対し右規定は便法を設け競売債務者に対してのみは強制執行法の一環として引渡命令を発しうるとの例外規定を設けたものと考えられるのであるから、それ以上の拡大解釈は許さるべきではないと確信する。競売債権者は仮処分その他の方法によつて右競売の結果を確保する途が与えられているのである。従つて、本件競売手続の債務者(物件所有者)以外の第三者である本件抗告人に対する右引渡命令は違法である。
原審決定は競売開始決定後の第三者の占有は債権者及競落人に対抗できないとの前提のもとに第三者へも当然引渡命令が出しうるとの誤つた結論を出している。対抗できないものに対し当然強制執行ができると言うとは余りにも論理的飛躍ではあるまいか。もしそうだとしてもその場合は右競売事件の債務者に対する引渡命令を出すのなら理論的であつたかも知れないが第三者たる抗告人へ直接引渡命令を出すことはできないはずである。何れによらず右引渡命令は違法である。
三、執行吏の執行の違法。
(一) 本件建物及その敷地に対しては浦和地方裁判所昭和三三年(ヨ)第一三五号不動産仮処分決定に基き昭和三三年八月二七日執行がなされている。右決定によれば本件建物及その敷地は浦和地方裁判所執行吏が之を占有保管することになりその旨の執行が照山執行吏によりなされている。尤も右建物に対する執行吏保管は競売開始決定後のそれである。然し乍ら、競売開始決定後の第三者の右建物に対する権利は一切競売債権者及競落人に対抗しえないと言うものではない。現に、前記諸判決によれば競売債務者以外の占有者に対しては明渡請求訴訟を以て之を為さなければならないとしているのであるから右占有は少くとも執行の関係では競落人へ対抗しうるとしなければならない。更に此点についての抗告人の主張は抗告人の本件建物に対する私法上の占有のみを問題としているのではない。右建物に対する執行吏保管の効力の点を主として主張しているのである。右は一種の公法上の占有である。競売開始決定による差押の効力と雖も、右仮処分の執行を直ちに排除しうる効力はないことは明かであろう。然らば、右仮処分の執行の取消されぬ限り右執行は適法に存しているのであるから右建物が執行吏(浦和地裁照山執行吏)の保管中にあるかぎり、右建物についての引渡命令によつては精々本件建物に対する抗告人の占有を解いて執行吏の保管に置くことはできても之を競落人に引渡すことはできない。右引渡は許容せらるべきではない。然るに右引渡命令は本件建物を競落人へ引渡せというのであるから執行法の立前上現実に第三者への引渡が許容せられない右引渡命令に基く執行は違法であることも明かであろう。
(二) 抑々本件建物の敷地及本件建物(工場)構内の全土地に対し競落人は之を占有すべき何等の権限を有していない。右競売手続中に既に本件建物の所有者であり右建物の敷地及工場構内の全土地の賃借人である東洋特殊製鋼の賃借権は消滅している。即ち本件土地の所有者は申請外山田新兵衛外四名であるが、右山田等と東洋特殊製鋼間の本件土地に対する賃貸借契約は賃料不払を理由として、左記のとおり解除せられている。
記
(1) 山田新兵衛分、昭和二九年一月二六日
(2) 野中栄樹、石井佐太郎及近藤弥三郎分昭和三二年六月一四日
(3) 滝沢春吉分昭和三二年七月一四日
従つて、競落人である相手方が本件建物を取得した昭和三四年二月一三日当時には既に本件建物の敷地及工場構内の土地に対する債務者東洋特殊製鋼の賃借権は全然存在していないのであるから競落人たる相手方は本件建物の敷地についての前主の賃借権を承継することはできないので相手方は右敷地及その余の土地を占有すべき何等正当の権限を有していない不法占有者である。加うるに、右敷地に対しては前記仮処分命令により執行吏保管がなされているのであるから右敷地と密接不可分の関係にある右地上の建物を第三者たる競落人へ引渡すことは右敷地に対する執行吏保管を浸すことになるから許容せらるべきでない。
(三) 更に右事実を明かにするため抗告人は右敷地以外の右工場の全土地に対する抗告人の占有を妨害してはならない旨の仮処分決定を受けた。(疎第十一号証、東京地方裁判所昭和三四年(ヨ)第二六九九号本書添付)従つて、本件建物の敷地については執行吏保管その余の土地については抗告人の占有妨害禁止の仮処分が相手方(競落人)に対し為されているのであるから右地上にある建物を相手方において現実に使用占有することは右二つの仮処分命令の厳存している現在右二つの仮処分命令及その執行を侵すことなくしては絶対にできないところであるから右執行は許さるべきでない。又仮りに前者即ち、執行吏保管(建物に対する)について問題あるとしても後者の仮処分のみによつてもこのことには変りはない。抗告人はすでに相手方に対し本件競落建物を収去しその敷地を明渡すべき旨の訴訟を提起している。(東京地裁昭和三四年(ワ)第三、二一九号)抗告人は右土地全部の賃借人であり現実に右土地を占有しているからである。即ち、抗告人は昭和二十九年三月三日本件建物をその所有者であつた東洋特殊製鋼から賃借し右建物及その敷地並に工場構内の土地の占有をしていたが前記のとおり右東洋特殊製鋼と右土地の所有者等との賃貸借契約が解除せられたので、抗告人は左記のとおり右地主等と賃貸借契約を締結し今日に到つている。
記
(1) 山田新兵衛分昭和三四年一月一日
(2) 野中栄樹分昭和三一年四月一日
(3) 近藤弥三郎分昭和三〇年九月二七日
(4) 石井正太郎分昭和三〇年九月二七日
(5) 滝沢春吉分昭和三三年七月一日
従つて、競落人は右引渡命令によつて本件建物の引渡を受けてもその敷地に対する賃借権がない以上之を抗告人に対し収去する義務があるので何等引渡の実益がない。何れによらず右敷地及工場構内のその余の土地に対し相手方が立入を禁止せられている以上右地上の建物を現実に相手方へ引渡すことは不可能であり又許容せらるべきでない。尤も右建物の所有権が競落人へ移転した以上少くともその敷地に対する占有は相手方にあると言えようがこれは観念的な占有であつて、右引渡命令は現実の引渡を命令しているのであるから前記抗告人の言うところと矛盾するのではない。